後白河院と文爛漫(1)法皇も書く(1)声わざの悲しきことは

 ザ・バンドの解散コンサートライブCD「ラスト・ワルツ」を聞きながら、92歳の現役画家・野見山暁治著「続々アトリエ日記」を読む。独特の語り口に興を感じて最近ハマっているのだ。が、セクシーな声が流れてしばし中断。

ああ、リック・ダンコが「ステージライト」を歌っている。1999年12月に亡くなった彼は既にこの世にいない。しかし、彼の少しかすれたセクシーな声と共にイイ男振りが瞼に浮かぶ。1978年に映画「ラスト・ワルツ」を始めてみたのは六本木シネマテンでの「ブルータス」の読者招待試写会だった。感動しまくった私はその後2回も映画館に駆けつけたので今でも出演者一人一人の顔と衣装を思い浮かべることができる。

 しかし、嘉応元年(1169)3月の今様芸人後白河院にとってはこのようなことは叶わぬ望みであった。

「おほかた、詩を作り、和歌を詠み、手を書く(書道)輩(ともがら)は、書きとめつれば、末の世までも朽つることなし。声わざの悲しきことは、わが身亡(かく)れぬるのち、留まることの無きなり。その故に、亡(な)からむあとに人見よ、とて、いまだ世になき今様の口伝を作りおくところなり」の一途な思いが、

 源平争乱、地震・飢饉・洪水による天変地異、頻々たる山門・寺門の嗷訴、跋扈する夜盗・群盗による度重なる御所への襲撃といった騒然たる時代を「動乱期の専制君主」として駆け抜ける傍ら、

 10代前半より習い覚えた今様にのめり込んだ挙句、上達部や殿上人などの貴顕から、京の男女、下級女官に召使、今様玄人の江口・神崎の遊女(※1)(http://d.hatena.ne.jp/K-sako/20090115)や諸国の傀儡子(※2)に至る数知れぬ今様上手を御所に呼び寄せ声を合わせて歌った数々と、

 10余年に亘り師と仰いだ乙前(http://d.hatena.ne.jp/K-sako/20090205)から直伝で習い覚えた全ての曲を、篩にかけて「乙前流」で一本化して分類し、歌10巻、口伝集十10巻、合わせて20巻からなる大著『梁塵秘抄』(※3)を成し遂げさせたのであった。


(※1)江口・神崎の遊女(えぐち・かんざきのあそびめ):大阪市神崎川が淀川の本流から分かれる水上交通の河港を本拠とした今様の芸妓で、売春も行ったが遊女よりも芸者に近い存在。


(上図は丸山応挙が西行の『撰異抄』や謡曲『江口』などに書かれた普賢菩薩の化身とされる江口の君をイメージして描いたもの。美術カタログ「静嘉堂珠宝」より)

(※2)傀儡子(くぐつ):主として京より東方の陸上交通の要衝を本拠とした芸妓を指し、歌に合わせて操り人形を舞わせる芸人であったが当時は専ら今様を芸をとした。売春も行ったが遊女よりも芸者に近い存在。

(※3)梁塵秘抄(りようじんひしょう):今様歌謡集。後白河法皇編著。「梁塵秘抄」十巻と「梁塵秘抄口伝集」10巻。両者の巻1の抄出と梁塵秘抄抄巻2および口伝集巻10だけ現存。現存本でも法文歌(※4)、4句の神歌など560余首あるが、消失したものを合わせると2千首は下らないとされている。

(※4)法文歌(ほうもんのうた):平安後期に行われた今様の分類の一。和讃から転じたもので、八・五(四・四・五)などの4句からなり、仏教の法文について詠んだ歌。

引用ならびに参考文献:『新潮日本古典集成 梁塵秘抄』 榎 克朗 校注