2013-06-01から1ヶ月間の記事一覧

後白河院と文爛漫(6)公卿も書く(1)『中右記』(1)二

「そもそも大行皇帝八歳即位、九歳詩書を携え、慈悲性に稟け、仏法心に刻む。凡そ其の在位二一年間、罪を退け賞を先とし、仁を施し恩を普む。喜怒色に出さず、愛悪掲げず。(略)この時に当たりて父母を喪ふが如し。我君才智漸く高く、巳に諸道に通ず。なかん…

後白河院と文爛漫(5)法皇も書く(5)近臣残照

仁安4年(1169)2月、43歳の後白河院が最後の俗体で出家のいとまで下鴨神社を参詣した時、神社前の梅の木に降りかかる雪と白い梅との区別がつかないほどで、さらに朱塗りの玉垣までも白く辺り一面が白妙の風情であった。さて、法会も御神楽、法華経…

後白河院と文爛漫(4)法皇も書く(4)清盛同道の熊野詣

後白河院は平治の乱の翌年永暦元年(1160)10月23日に熊野に向かって京を発ち、25日に熊野99王子の一つ厩戸王子の宿(大阪・泉南市)に宿泊した時、随伴者左衛門尉・藤原為保の先達の夢に王子が現れて「この度の御幸は喜ばしいが古歌(今様の懐…