2011-07-01から1ヶ月間の記事一覧

後白河院と寺社勢力(82)遁世僧(3)東大寺大勧進たちの横顔

旅の衣はすずかけの、露けき袖やしほるらん 時しも頃は如月の、きさらぎの十日の夜、 月の都を立ち出て これやこの、行くも帰るも別れては、知るも知らぬも逢坂の、 山かくす、霞ぞ春はゆかしける、 波路遥かに行く舟の、海津の浦に着きにけり。 歌舞伎には…

後白河院と寺社勢力(81)遁世僧(2)戒律復興に投じた僧たち

(1)解脱房貞慶(1155〜1213) 先回に述べた九条兼実が遁世を思い留まらせようとした貞慶(じょうけい)は、後白河天皇の側近として辣腕を発揮し平治の乱で獄門に晒された藤原信西の孫であった。藤原信西一族の優れた頭脳を引継いだ貞慶は、興福寺…

後白河院と寺社勢力(80)遁世僧(1)九条兼実の嘆息

建久3年(1192)2月8日、後白河院の崩御により関白としての手腕を存分に発揮できる時を得た九条兼実は、一人の興福寺の僧を自宅に招いて遁世を思い留まるように説得していた。 興福寺は藤原氏の氏寺であり、その藤原氏を代表する兼実にとって、当時学…