2011-10-01から1ヶ月間の記事一覧

後白河院と寺社勢力(93)遁世僧(14)大勧進重源(11)武家政

東大寺大勧進の重源に期待された役割は、平重衡の焼討で灰燼に帰した大仏と大仏殿を聖武天皇によって創建された当時の姿に復元する事であった。 焼け落ちた大仏の再鋳造は、幸いにも博多港に停泊していた陳和卿率いる7人の宋人鋳物師の革新的な技巧により何…

後白河院と寺社勢力(92)遁世僧(13)大勧進重源(10)西行の

『年たけてまた越ゆべしと思ひきやいのちなりけり小夜の中山』 『風になびく冨士のけぶりの空に消えて行方も知らぬわが思ひかな』 上記二首は余りにも有名な西行の歌であるが、文治2年(1186)重源の依頼を受けて伊勢から奥州の藤原氏と鎌倉の源頼朝を…

後白河院と寺社勢力(91)遁世僧(12)大勧進重源(9)結縁結集

東大寺大仏は王法仏法の象徴だけではなく庶民信仰の拠所でもあったことから、「一粒半銭、寸鉄尺木の施し」による再興を目指す東大寺勧進の成否は、ひとえに権力者から庶民はいうまでもなく、多様な宗派の仏教者をも含む人々の結縁(※)を一つにまとめる重源…