2012-07-01から1ヶ月間の記事一覧

後白河院と寺社勢力(121)遁世僧(42)法然(14)政僧・明雲

共に天台座主明雲から戒を授けられながら、後白河院と平清盛の明雲との関係は対照的であった。何しろ後白河院の近臣と延暦寺の衆徒は事あるごとに衝突し、その度に衆徒は産土神(※1)日吉社の神輿をかざして叡山から大挙して入洛し、後白河院に近臣の処罰を…

描く人願望(6)「お絵描き帳」’74阿蘇 雄大さ描ききれず

長崎へはバスで向かったのだが、その途中で阿蘇周遊で楽しんだ。文字通りのホットスポットといえる噴火口はバスを降りて近くまで足を運んだ。 モクモクと立ち昇る黒い煙と湿った熱気を通して見えたのは擂り鉢状の深い深い火口で、一歩足を踏み入るとズルズル…

後白河院と寺社勢力(120)遁世僧(41)法然(13)法皇と入道

「賀茂川の水、双六の賽、山法師」は希代の専制君主・白河法皇を嘆けかせた三不如意としてつとに有名だが、ここでの山法師とは延暦寺の僧兵である。方や、摂関家・藤原氏の氏寺としての権勢を背景に、いかなる非理非道も押し通して氏の長者・藤原道長すら「…

描く人願望(5)「お絵描き帳」’74長崎 墓地と坂道

街をぶらぶら歩いた感じでは、墓地と坂道が多いというのが長崎の印象であった。特に墓地に関しては、日頃見慣れた墓地と異なり、長崎のそれは最初に紹介した「ホタル茶屋下車の高台の墓地(http://d.hatena.ne.jp/K-sako+kankyo/20120602)」を含めて、唐風…

後白河院と寺社勢力(119)遁世僧(40)法然(12)信西の息子

43歳の法然が教学上の浄土宗の立宗を志して師・叡空と黒谷に別れを告げ、西山広谷に訪ねた念仏聖人・遊蓮房円照は平治の乱で獄門に晒されたた藤原通憲(みちのり)信西の息子でであった。円照の俗名は是憲(これのり)、平治の乱を契機に21歳で出家して…

描く人願望(4)「お絵描き帳」’74長崎 早朝のホテルの窓から

当時30歳の私は気持ちだけはやる気満々のOLで、朝5時半には起床して300CCの牛乳、ゆで卵1個、トースト2枚のヘビーな朝食で体制を整えて始業1時間以上前にはオフィスに到着し、「静かだと仕事が捗る」などとうそぶいていたのだった。 で、この日も…