84 後白河院と寺社勢力(41)寺社と商人(4)美味しい『座商人

 
 一等地に構える京の商業街でひと際目を惹いたのは、綿座商人・小物座商人・腰座商人・符坂木村油座商人などの『座商人』であったが(http://d.hatena.ne.jp/K-sako/)、ここではその『座商人』に焦点を当ててみたい。

1. 『座商人』とは

 『座商人』は京で生まれ、平安末期には既に祇園社に属する綿本座や九州宮崎八幡宮に属する油座が成立しおり、久安年間(1145〜)にも伏見の醍醐に油座が存在していたことが知られている。『座商人』は中世全期に亘って活躍した代表的な中世商人で、権門寺社の庇護による営業上の特権を得るために「座」を組織した商人たちであるが、彼らの前身は朝廷・貴族に食物や生活用品を献ずる供御人、あるいは、寺社の神人・寄人・供祭人といった下層階級に属するものが多かった。
 
 国家財政の破綻に伴い権門寺社の雇用主から十分な禄を与えられなくなった供御人、寺社の神人・寄人・供祭人たちは自立の道を探ったが、生産物の大半の納入先でもある権門寺社から完全に独立するのが困難なことから、権門寺社への一定の役目を務める一方で彼らとの従属関係から生じる営業上の特権を得て安定的に事業を展開するために座を結成して、『座商人』として商業活動に踏み出していった。

 だが、『座商人』が最も活躍するのは鎌倉時代から南北朝にかけてであり、それは、荘園が次々に失われて経済的困窮が進むに伴い、新たな財源を必要とする権門寺社が、商工業者に保護を与えて現物・貨幣の課役を徴収する手段として、自らが積極的に座の組織化を後押ししたからでもあった。

 例を挙げると、綾小路の紺座や、綿本座と争った綿新座、上京の4府駕與丁座、そして祇園社を本所とする種々の座が成立し下京には祇園社の座が多かった。因みに永和二年(1376)には大山崎油座神人と称する者が64人もいたと伝えられている。

2.『座商人』の特権 

 『座商人』の優位性は権門寺社との結合度合い、活動場所、取引形態によって異なり、さらに時代の変化に伴う経済状況にも大きく左右されるが、次の優位性があげられる。

(1)営業税免税

 京を初めとする都市において、権門寺社は所領地内での商業活動を行う一般商人に対して各種の営業税を課していたが、営業税の免除の有無は儲けを大きく左右するため、特に京では一定の課役と引替えに営業税免除の特権に預かろうと座に加入したり、新たに座を結成する商人が増加し。初期の『座商人』の特権は主として営業税免除であった。


(2)各種の独占特権

 荘園の生産性の向上による商品取引の活発化並びに商業参入者の増加に伴う競争激化の中で、取引の安定・収益確保のために、幾つかの営業上の独占権を行使する『座商人』が生まれてきた。

○ 販売独占

  都市に店舗を構え、あるいは地方荘園市場を巡って一定の商品を販売する『座商人』にとって、市場の座席の占拠と一定の商品の排他的な販売を目的とした販売独占の動きが広まっていった。特に中世前期の京や荘園市場における『座商人』の特権は販売独占が中心であった。

○ 仕入独占

  地方荘園市場で荘園年貢物(商品)取引が質・量りょうめんで増加する鎌倉中期以降では、都市・港湾・地方の遠隔地取引の担い手である商人にとって、如何にして仕入れ価格を安くし、地域間価格差を大にして中間利潤を多く獲得する事が重要となり、低価格仕入の鍵としての仕入独占を強化していった。以下に油座商人の仕入独占を例示。

 ・大山崎座商
  胡麻油の原料となる胡麻播磨国佐用郡の現地商人からの仕入は一定量に制限し、他には赤穂・揖西郡の地方商人からの仕入のみを許可していた。

 ・大和国符坂油座商
  胡麻仕入では吉野地方産胡麻の先買特権を一手に握り、胡麻が不足した場合は矢木座の胡麻仲買人や河内などから仕入れる一方で、矢木座の他国への胡麻販売に制限を加えて、大和国内の胡麻油原料価格を抑制するといった徹底的な仕入独占権を行使していた。  

○ 商品運送路の独占

  隔地間取引の拡大に伴い遠隔地からの商品運送独占の重要度が増してきた。その場合多大の資金を投入し大きなリスクを負って商品の運送を行っても、同じ運送路で同一商品が同一販売市場に乱入すれば利潤は望めない事から、商品輸送路の独占に取組む『座商人』が生まれた。この場合の商品運送路独占とは、厳密には特定商品の運送独占であって、他商人が異なる商品を運送するために同一運送路を活用することは差し支えなかった。以下に商品運送路独占を例示。

 ・近江の保内紙座商
  桑名から八風・千草街道通行に際して、枝村商人が紙を仕入れて運送することは禁じたが、同じ商人が、越後・越中布、信濃苧を運送することは許可していた。

 ・山越四本商人(保内野々川・石塔・小幡・沓懸)
 八風・千草街道の運送に関して、他商人が伊勢から麻苧・木綿・塩・若布・海苔・鳥・魚・曲物などを運送する事は許可しなかったが、これらと異なる商品を運ぶことは許している。

 
参考文献は「中世の商業」(佐々木銀弥著 真珠社 日本歴史新書」