矯めつ眇めつ映画プログラム(4)フリッツ・ラング監督の「M」

 映画「M」は「飾り窓の女」のフリッツ・ラング監督がアメリカに亡命する前の1931年にドイツで撮った作品で、連続少女誘拐殺人の犯人像とその追跡を、ぞくぞくする恐怖感を伴って描いている。この犯人の手口は、ペールギュントのメロディーの口笛を吹きながら女の子に近づき、優しい言葉をかけて風船を買ってやって何処かに連れて行く。女の子が黙ってついてゆくくらいだから、人のよさそうな顔をしているが、しかし彼は変質者なのだ。

 街角で風船を売っていた盲目の男が口笛を耳にし、それが、知り合いの女の子が殺された日に風船を買った男が吹いていたのと同じメロディーだと気がついて、仲間に確認してもらうと、男はちょうど女の子を連れていた。そこから犯人は警察や市民から追跡され追い詰められてゆくのだが、タイトルの「M」は、犯人追跡の最中に、「こいつがその男だ」と追跡仲間に知らせるために、追跡者の男が自分の掌にチョークで「M」と書き、乱暴にぶつかりながら犯人のコートに掌をおしつけて「M」のマークをつけるところから来ている。中々巧みだ。

 この映画の撮影中に、数多くの女性を殺害して「デュッセルドルフの吸血鬼」と呼ばれた犯人が逮捕されたこととも重なって、映画「M」によって、フリッツ・ラングの時代を捉えた想像力が高く評価されたといわれている。

 ところで、この映画の背景となった1931年のドイツはどんな時代であったか。1925年にヒトラーが「わが闘争」を発表、1929年にアメリカは経済恐慌に陥り、1931年にはドイツの金融恐慌が発生、そして1932年にはナチスが総選挙で第一党へと躍進した。

 映画「M」を通して、当時のドイツに蔓延していた恐怖感が狂気を孕み、生きること自体が苦しく、追い詰められた人間が、いつ変質者や殺人鬼になってもおかしくない時代の空気が伝わってくる(写真は映画プログラムから)。