矯めつ眇めつ映画プログラム(30)「愛する者よ列車に乗れ」

   映画「愛する者よ列車に乗れ」は、パトリス・シェローが1998年に監督した作品で、亡き画家の「私を愛する者はリモージュ行きの列車に乗れ」の遺言に従って、かつて画家と関係の深かった人たちが、パリから同じ列車に乗って葬儀に参加するまでを、親子・夫婦の葛藤を含みながらも、死んだ画家と愛し合ったゲイの愛人たちに焦点を当てて描いている。


 パリのあちこちに散らばった人間が一つの列車に乗る冒頭のシーンから、電車に乗るや、画家の最後の愛人ブリュノと、画家の元の恋人の現在の恋人ルイ(ややこしいんだ)の二人の美形男が、瞬時に熱い視線を交わしてトイレに駆け込み、激しくキスを交わした後で、ブリュノのズボンに手を差しこんだルイが、「僕はエイズなんだ」といわれたショックで電車を飛び降りるまでのシーンは余りにも鮮烈だった。この二人は最後には愛し合って生きることになるのだが。


 一行がリモージュに到着すると、葬儀参列者の間から、胸元が大きく開いた黒のシャツに真赤なミニスカート姿のヴァンサン・ペレーズがロングヘアーをなびかせて登場して私の度肝を抜くが、彼もかつての画家の愛人で、今は性転換をしてお色気がむんむん漂う美女に変身していたのだ。


 その性転換した美女と画家の兄で靴屋の主を演じたジャン=ルイ・トランティニャン(死んだ画家と二役を演じている)との靴屋の場面はこの映画のハイライトとも言えるもので、ハイヒール選びを通して、かつてのフランスを代表した美男スターと現在の美男スターが、世代を超えてあれこれ語り合う様は、人生の深みと味わいを感じさせるものだった。


 ともあれ、「シラノ・ド・ベルジュラック」でクリスチャンを演じ、「インドシナ」でカトリーヌ・ドヌーブの恋人役に抜擢され、フランスきっての美男俳優の名をほしいままにしたヴァンサン・ペレーズが、この作品では女装姿で入浴シーンも披露する大奮闘で、彼はこの役でその年のセザール賞男優賞を受賞している。


 この映画では女性は添え物に過ぎず、自らも美男のパトリス・シェロー監督が、美しいフランスの男達を集めて、ワイワイガヤガヤ楽しみながら男達の愛憎劇を創り上げた雰囲気が画面から立ち昇り、自他共に面食いを認める私にとって楽しい映画であった。


 一説によると、この作品は、画家のフランシス・ベーコンをモデルにしていると言われているが、私が見たのは、上映最終日の最後の時間帯で、仕事場から慌しく映画館に駆けつけたのだが、ふと気がつくと、いつの間にか満席で、通路に座って見ている人が結構いた(写真はプログラムから)。