「Z」「戒厳令」「ミッシング」と常に重い政治テーマを取り上げてきたギリシャ出身のコスタ・ガブラスが、アメリカで平和に暮らすハンガリー移民の一家に突然降りかかるユダヤ人虐殺の嫌疑を巡り、極限状態における父と娘の愛情に鋭く切り込み1989年に監督したのが「ミュージックボックス」である。
ジェシカ・ラング扮する女性弁護士アンは夫と息子、そして地域のリーダーで息子からも慕われている父とで平和に暮らしていたが、その父がハンガリー政府からユダヤ人虐殺の実行犯として引渡しを求められた事から一家の生活は暗転する。
アンと父は第二次世界大戦後ハンガリーからアメリカに移民したのだが、ハンガリー政府の調査で、父がアメリカに渡る際に警察官の身分を農民と偽って申請した事や、事故死したハンガリー移民の男に送金したことなどが次々に明らかになり、アンは父に真相を確かめるが、父は「俺を信じてくれ」を繰り返すばかりか、法廷で自分の無罪を証明するために娘に弁護を依頼するのだ。
父のへの愛情から夫や周囲の反対を押し切りアンは敢然と弁護を引き受け、検察側の証言を次々に切り崩して着実に前進するのだが、父が特務部隊のミシュカと同一人物であるとのブタペストの男の証言を検察側が採用したことで追い詰められる。
この事件の全ての鍵は父の若い頃にあるとアンはハンガリーのブタペストに渡り、父が送金したとされる事故死したハンガリー移民の男の姉の貧しい住まいを尋ね、彼女が弟から預かっていたというミュージックボックス(オルゴール)を手渡される。何の変哲も無いミュージックボックスだが、仕掛けの底に茶色に変色した特殊部隊の一員としての紛れもない父の写真が偲ばせてあった。
もう父を信じる事も世間を偽る虐殺者に息子を委ねる事も出来ない。アメリカに戻ったアンは父が有罪である事を示す証拠写真を新聞社に送り息子をきつく抱きしめるのだった。
息を呑む法廷ドラマの展開もさることながら、今や観光名所となった美しい鎖橋、その橋が見えるドナウ河のほとりを絶望と孤独に打ちのめされながら俯いて歩くアンの姿に胸が締めつけられる。父は自分の身を守るために娘の愛情を利用したのか、それとも、極限下で生き延びるためには自分の娘を巻き添えにするののも致し方なかったのか。いつもながら、コスタ・ガブラスの問いかけは重い(写真はプログラムから)。