
1992年5月7日に日本を発って再びパリに向かった友人と私が一番に足を運んだ場所は、その前月の4月12日にパリ近郊に開園したばかりのディズニーランド・パリだった。あの頃はユーロ・ディズニーとも呼ばれていた。
そういえば、当時は、自国の言語と文化を誇りとし、アメリカ文化嫌いのフランス人がアメリカ文化の象徴ともいうべきディズニーランドをスムーズに受け入れるのか、話題になっていた。
そして一歩足を踏み入れて私は納得した。フランスはディズニーランドのオリジナルカラーとは全く異なる、フランス好みのパステルカラーを基調にすることで受け入れたのだ。
1977年と1979年の2度に亘って、ロサンゼルスのディズニーランドで活発に飛び跳ねて遊んだ私たちにとって、ディズニーランド・パリは少しエレガントで、ゆったりと過ごす園だった。