サンフランシスコではわずか2泊の滞在だったが、宿泊したサー・フランシス・ドレイクホテルの入口がケーブル・カーの停車場に面していたので、友人と私は衝動に駆られて到着したケーブル・カーに目的もなくヒョイと乗り、デッキから坂道の多い街並を眺めるだけでも十分魅力的だったが、急勾配の傾斜地に張り付くように建てられた家々の、同じ家の中でも入口と奥まった辺りの高低差がかなりある建物は、一体どういう造りになっているのかとしげしげと眺めたものだった。
また、小高い丘でケーブル・カーを降りて芝生に腰を下ろし、眼下の街並や紺青のシスコ湾、シルバーグレーに煌めくエレガントなベイ・ブリッジを眺めながらぼーっと過ごしたりする、たったそれだけで不思議と心が満たされた。
そして、終点で降りると、ケーブル・カーの運転手さんが車体の向きを変える場面に遭遇した。どうやらこの路線のケーブル・カーはバックが出来ないようで、車体を基点のようなところに運んで柄のような長い梃子で回転させるのだが、私たちは運転手さんに懇願して、その梃子を握って、一緒に掛け声を合わせながらケーブルカーを回転させるのを手伝わせてもらった。
あれから40年近くを経て、今でも私はあの時の、優しかった運転手に感謝している。