矯めつ眇めつ映画プログラム(32)「ポロック」

 日本の美術愛好家が印象派一色の時代に、敢えて現代美術の幟を掲げた西武美術館(セゾン美術館)に足繁く通ったおかげで、私はジャスパー・ジョーンズジャクソン・ポロックの作品を知ることが出来た。


 映画「ポロック」は、話題作「めぐりあう時間たち」でアカデミー助演男優賞にノミネートされたエド・ハリスが、2002年に監督・主演した作品で、ポロックと妻の女流画家リー・クラズナーとの波乱に満ちた生活を描いている。


 リー・クラズナーがポロックと出会った時、彼はアルコール中毒の貧乏画家であった。しかし、自らも画家である彼女は彼の才能を見抜き、彼にアルコールを断たせ、都会から静かな農場に居を移して彼が創作に集中する環境を整え、彼が一躍画壇の脚光を浴びるまでを支え、さらには彼の創造力が枯渇して再びアルコールに溺れても忍耐強くポロックを見守った。


 ポロックの絵画から溢れる濃密な色彩やスケールからは考えられないのだが、彼の画家としての頂点はほんのひと時ですぐに行き詰まった事を映画で知った。子供の頃から芸術家を目指していたにも拘らず、アルコール中毒が創作の集中を妨げ、その為に貧乏で不遇な時代が長かったから、作品が描けない苦悩は深刻で、彼の精神を蝕み、彼をアルコールと女に向かわせる。そしてポロックが44歳の時、飲酒運転とスピードの出しすぎで愛人と乗った車が木立に激突し、愛人のモデルは一命をとりとめたが、彼は即死であった。まるで自殺のような死に方ではないか。


 一方、残されたリー・クラズナーは、ポロックと暮らしたアトリエで、中断していた画家の道を再開して80歳を過ぎるまで描き続けて素晴らしい作品を残した。この事はなぜか私の気持ちをホッとさせてくれる。ポロックを失った悲しみから彼女を救い出すのは彼女が中断していた絵であったと言う解釈も成り立つが、むしろ、本当に才能ある者は何らかの事情で創作活動を中断する事があっても、再び始めれば才能を発揮できるということに救いがある。


 自分を支えてくれる人はずっとそばに居てくれるし、一度栄誉を手にすればかつての作品で獲得した名前で大家を装って生きてゆけない事もないのに、映画「ポロック」は、芸術家の生涯の壮絶さを教えてくれる(写真はプログラムから)。