青山橋、色みの合算、孤独・困窮・狂気の痕跡

1) アトリエから:青山橋

根津美術館の出口に面した通りを乃木坂に向かって歩いて出遭った青山橋。陸橋だがくすんだ緑のスタイリッシュなデザインが何故か絵心をくすぐる。

2) 水彩絵具学(3)色みの合算


1.同じ色相同士の混色は他の色みの影響が薄まるのか原則として鮮やかな色になる。

上段:レモンイエローとカドミウムイエローディープを混ぜると色みの合算は黄8・赤1・青1・白1となり圧倒的な黄の比率の高さで鮮やかな黄になる。

中段・クリムゾンレーキとカドミウムレッドディープを混ぜると色みの合算は赤8・黄1・青1となり鮮やかな赤になる。

下段:セルリアンブルーとウルトラマリンディープを混ぜると色みの合算は青8・赤1・黄1・白1で鮮やかな青になる。


2.絵具3本で色み2色の場合と絵具2本で色み3色の場合


上段:セルリアンブルー、レモンイエロー、ピリジャンヒュ−の3本の絵具を混ぜると、色みの合算は青9・黄6・白2となり鮮やかな緑となる。

下段:セルリアンブルーとイエローオーカーの3本の絵具を混ぜると、色みの合算は青5・黄4・赤1・白2となり鈍い緑になる。

参考文献:いずれも鈴木輝實著
透明水彩混色教室すぐに役立つ色づくりの実技」(グラフィック社)
「水彩画を極める混色テクニック」(Gakken)

 
3) 孤独・困窮・狂気の痕跡「ヘンリー・ダーガーの部屋」展


掃除夫として生計を立てながら81年の生涯に亘って誰にも知られることなくシカゴの古いアパートの一室で絵を描きつづける事など出来るのであろうか。

北島敬三氏が1991年に撮影した「ヘンリー・ダーガーの部屋」展を観るために新宿エプサイトに私が足を運んだのは、無名と困窮の中で絵を描きつづけた人間の痕跡を知りたかったからである。

ヘンリー・ダーガー(1892/4/12〜1973/4/13)の作品は90年代以降に欧州や日本で展覧会や画集などで紹介されて「アウトサイダーアート」(正当な美術教育を受けていない人や障害者による表現)の代表的な存在として知られるようになるが、それは彼の死後およそ20年を経てからである。

壁際に立てかけられた少女をモチーフにした作品、手製の本、使い古したタイプライター、どす黒く固まって散らばる絵具や画材、雑誌・広告からの絵や写真の切り抜きを隈なく貼ったスクラップ代わりの分厚い電話帳が点在する12畳ほどの古びた1室からは、表現製作に対する執念のようなものが伝わってくる。

はて、彼は何処で眠ったのかと見渡しても、ベッドはおろか布団らしきものも見えず、売ることのない絵を眠る間も惜しんで描きつづけた画家の様子が目に浮かぶ。

絵を描く時間を確保するために掃除夫を職業にしたのであろうが、低賃金で高価な画材を賄う事だけでも並大抵ではなかったであろうに、無名のまま売れる事のない絵をひたすら描きつづけて、当時のアメリカ人男性としては驚くべき81歳の長寿を(※)全うした画家の存在は、私にガーンと一撃を喰らわせるに充分であった。

(※)2012年でさえアメリカ人男性の平均寿命は77.4歳で先進国では最下位に近い。