矯めつ眇めつ映画プログラム(27)「ビギナーズ」

 映画「ビギナーズ」は、1958年のロンドンのソーホーで夜毎ジャズとダンスに明け暮れる若者の熱気を背景に、カメラマン志望の若者とデザイナーを目指す少女の恋の行方を描いた1986年のジュリアン・テンプルの監督作品である。


 若い二人の恋物語は意地の張り合いによる恋の行き違いからハッピーエンドに至るお定まりの筋書きであるが、生き馬の目を抜くメディア業界の状況や、土地を巡る陰謀と闘う冒険談では人種やファシストなど当時のロンドンが抱える影の部分も見せてくれて、それなりに見応えがあったが、何と言っても広告業界の大立者にデイヴィッド・ボウイが扮し、ジャズ・ピアノの名手ギル・エバンスが音楽監督を担当するだけでも映画館に足を運ぶ値打ちがあった。


 画面では次々に繰り出す生演奏のジャズナンバーに乗って、精一杯お洒落をした若者たちがフロアーでダンスに興じるシーンと一体化して、画面のこちら側ではジャズ好きの観客がリズムに乗って身体を動かしているうちに、あれよあれよと言う間に映画が終わった感じであった。



 そうか、1958年のロンドン・ソーホーはロックではなくジャズの時代だったのか。1958年といえば昭和33年、田舎の早熟な中学生であった私は似たような仲間と「愛すればこそ逃げるのだ」などと口角泡を飛ばしながら、意味も分からずに「ラブミーテンダー」を口ずさみ、ラジオからは「ハートブレィク・ホテル」が流れていたのだ。


 そして、未だ見ぬ東京の赤坂では、ミカド、コパカパーナ、ニューラテンクォーターなどの高級クラブやキャバレーが次々に店を開き「赤坂の夜」伝説を紡ぎ始めていた(写真はプログラムから)。