矯めつ眇めつ映画プログラム(43)「ハメット 」

 「マルタの鷹」でサム・スペードを創作し、ハードボイルド小説の父と称されたダジール・ハメットを讃え、凝りに凝った映像でヴィム・ヴェンダースが1982年に監督したのが「ハメット」である。


 時は1928年、大恐慌時代のサンフランシスコ、ピンカートン私立探偵社を辞めて作家活動に踏み出したハメットが、パルプマガジン向けに初めての短編を書き上げたところに、元同僚で私立探偵のライアンが「チャイナタウンに逃げ込んだ中国娘を探すから案内してくれ」と現われる。


 二人が家をでると二つの黒い影が彼らを尾行し、迷路のようなチャイナタウンで彼らをまこうとしたところ逆に発砲され、ハメットはライアンを見失い、折角の原稿も無くすが、駆けつけた警部から「中国娘に手を出すな」と釘を刺され、私達観客は一気に緊迫感に投げ込まれる。


 問題の中国娘クリスタルは、9歳の時にチャイナタウンのカジノの黒幕に5千ドルで売り飛ばされ、材木王の死が報じられた直後に突然姿を消すが、警部と別れたハメットが事務所にもどると彼女が現われ「材木王が嫉妬に狂った夫人に殺されるところを見た」と告げて消える。


 ハメットはカジノの黒幕の本拠地に乗り込むが監禁され、一緒に囚われていたライアンと辛うじて脱出するが、そこで待ち構えていた警部に連れて行かれた死体置き場で、顔面をつぶされたクリスタルの死体と対面して謎はさらに深まるが、彼のアパートに忍び込んだ悪徳弁護士から、株で大損をした材木王がクリスタルと共謀し、警部やカジノの黒幕を始め、サンフランシスコ経済界を牛耳る大物数人を色仕掛けで陥落させ、その証拠写真で次々に脅迫していた事実を知らされる。


 長々とストーリーを書いたのは、この事件を企んだのはクリスタル一人で、彼女は脅迫のネガで大金をせしめる為に自分が死んだと見せかけ、ネガの対価に大物達に100万ドルを要求、運び屋に指名されたハメットが待つ波止場に姿を現し、そこに駆けつけた共犯のライアンを殺害して、大金入りのバッグを引っさげて颯爽と香港に旅立つのだ。


 非情な闇の世界で、金と引換えに男から男へたらい回しにされた身寄りのない女が、新たに人生をやり直すためには、非情な彼らを更に上回る非情さを生きて、自分を喰い物ににした男たちに復讐するしかなかったのだ。まさに、これは一人の女のハードボイルド人生でもある。


 ハメットの「マルタの鷹」、チャンドラーの「さらば愛しき人よ」、映画「三つ数えろ」の原作「大いなる眠り」、そして、ヴィム・ヴェンダースの「ハメット」と、ハードボイルドには男を狂わせる運命の女(ファム・ファタール)が登場してこそ面白さに鮮やかな彩りと深みが加わる。


 ところで、この作品のエグゼクティヴ・プロデューサーに、フランシス・フォード・コッポラが名を連ねているところを見ると、ハメット賞賛者はヴィム・ヴェンダースだけではなかったようだ(写真はプログラムより)。