隠居Journal:大手町ビルの思い出(5)定期購読誌を配達してくれた紀伊國屋書店の「熊さん」

現在は大手町ビルの1階の日比谷通り側に広い売り場を構える紀伊国屋書店は、当時は地下二階にそれほど広くはない売り場を構えていた。

 

とは言え、オフィスのビル内に大きな書店があるのは、私たちビル内に働くものにとっては、ランチタイム、休憩時間、あるいは時間外に様々な書籍・雑誌を立ち読みしてこれはという本を選んで購入できるのは有り難かった。現在のようなネットのない時代のビジネスパーソンの主な情報源は新聞と書籍であったのだから。

 

特に私は、地方の高校を卒業して上京後の二年足らずの途中入社で、同期も学生時代の友人もいなかった上に、親戚の家を出て三畳一間・トイレ共通、風呂なしの古い木造の安アパートで、テレビ無しの暮らしで、自由な時間はFMラジオを聞くことと、本を読む事に費やしていたのだが、不思議と孤独感はなく、今から思い出してもゆったりとした気分であれこれ思い巡らせる良い時間をもてたと思っている。

 

そして、今でも忘れがたいのは、紀伊國屋書店が定期購読誌を職場まで配達してくれるサービスを提供してくれたことだった。

 

私が当時定期購読していたのは、その頃は週刊誌で後に隔週刊に変わる音楽雑誌「FMファン」だったが、配達してくれたのは体格も顔も角張った「熊さん」と呼ばれる気さくな男性であった。たぶん熊谷さんとか、熊井さんとかの姓であろうが、気さくな人柄で、私たちは親しみを込めて「ベアさん」と呼んでいた。

 

雑誌「FMファン」を定期購読していたお陰で、当時はアメリカ西海岸のツアーは日本でも大ブームでガイドブックは書店に山と積まれていたが、アメリ東海岸を訪れる日本人は希で、ガイドブックも書店に並んでいなかった1981年(昭和56年)のゴールデンウィークに、私は友人とニューオリンズのジャズ・フェスティバルでデキシーランド・ジャズを、そして「ミュージック・シティ」を自称するナッシュビルではカントリー・ミュージックを浴びるほど楽しむことが出来た。

 

写真は紀伊國屋大手町ビル店(2023年3月15日撮影)

  



写真は、当時、世界中のジャズ・ファンを惹き付けたニューオリンズの「プリザべーション・ホール」