矯めつ眇めつ映画プログラム(25)「猫が行方不明」

パリの下町に住む若い女性が、久しぶりにバカンスに出かけるために近所の老婦人に飼い猫を預けるが、旅行から戻ってくると猫が行方不明になっていた。その猫を探すために日頃付き合いのなかったご近所の人たちも総出で町に繰り出す。


たったそれだけの話を、フランスのセドリック・クラピッシュ監督は、1996年にメガホンをとり、有名俳優は一人も出演しないばかりか、美男美女も登場させないで、パリだけでなく東京でも大ヒットを飛ばした。


 ヒロインの女性は容貌も着こなしも垢抜けず、登場する男性達も軽い認知障害者の他はブルーカラーが大半で、この映画にはお金持ちもファッショナブルな人たちも登場しない。しかし、みんなが一匹の猫を探すために、知り合いが知り合いを誘って智恵を絞り、あちこちの電柱にポスターを貼って駈け回るる姿を通して、下町の飾らないおせっかい気質がよく描かれていて、心地よい気分にしてくれる。また、カメラがとらえたパリ下町の街並みと人々の暮らしぶりが、観光旅行で眺めた表層部分とは比べ物にならないくらい活気に満ちている。


 そんな中で、膝の痛みも厭わず、スーツ姿の背筋を伸ばして、猫探索に繰り出すしゃきっとしたおばあさんに噛み締めたいほどの味があった。写真の向かって右側のおばあさんは、無名の素人で、この映画が出来上がって、しばらくして亡くなったそうだが、この映画は、そのおばあさんのステキな遺作になったのではないか(写真はプログラムから)。