新古今の周辺(32)鴨長明(31)歌論(3)歌道の衰退

鴨長明は歌の道にも衰退期があった事を『無名抄』で次のように述べている。

71 近代の歌体 3

こうなってくると、拾遺集より後の歌のありようは一つの方向にまとまって長い年月を経るうちに、歌の趣向は尽き果て、歌の言葉も古びてゆくに従い歌の道は衰えていった。

昔は、ただ、花(桜の花)を雲に模し、月を氷に似せ、紅葉を錦に例えれば、歌の趣を感じさせることが出来たが、今ではそのような表現は使い尽くされてしまった。

今の歌人は、桜の花を雲に模すとしてもあれこれ多様な雲を思い描き、月を氷に似せるとしても目新しい情景を描いてハッとさせる心情を詠み、紅葉を錦に例えるとしても紅葉の様々な節を読み込む工夫が求められので、気を楽にして人の心を惹きつける歌を詠むことが難しくなっている。

時たま、これはと思える歌に出会っても、風情ある中頃の歌に媚びへつらう心があるので歌として全体のまとまりを欠いたものになり、いわんや歌の言葉に至っては、既に言い尽くされたものばかりになって、目新しい言葉も耳目をそばだてる言い回しもない。

際立って優れた歌でなければ、前半の五−七−五の句を詠むだけで、後半の七−七の句が簡単に推し量れてしまう。

参考文献: 『無名抄 現代語訳付き』久保田淳 訳注 角川文庫