後白河院と寺社勢力(7)平家物語が語る「叡山僧の関白師通呪詛」場

 平安期から中世にかけて、公家と武士に対して互角に対峙した寺社勢力台頭の要因のひとつに、自らの利益を最大限に引き出すために、時には武力を用いて、当時の人々の心に深く根ざした御霊信仰を仕切る立場を最大限に活用した事が挙げられると私は観るのだが。


 さて、現代の私たちが理解し難い「御霊信仰」とは一体どのようなものであったか、その一端を知るために、前述した、時の権力者の関白師通をも悶死に至らせた叡山僧の呪詛儀式の情景を「平家物語」(新潮日本古典集成)から引用したい。


  

 山門にては大衆、7社の神輿(※1)を根本中堂に振りあげたてまつりて、その御前にして真読(※2)の大般若を7日読うで、関白(師通)殿を呪詛したてまつる。 結願(※3)の導師には仲胤法師(※4)、高座にのぼり、鉦(かね)を打ち鳴らし啓白(けいびゃく)のことば(※5)にいわく、『われらが芥子の二葉より(※6)おほしたてまつる神たち、後二条の関白殿に鏑矢一つはなちあて給え。大八王子権現』と、 高らかに祈誓したりけり。


 やがてその夜不思議の事ありけり。八王子の権現の御殿より鏑矢の声いでて、王城をさして鳴り行くぞと人の耳には聞こえける。

 その朝(あした 翌朝)関白殿の御所の御格子をあげらるるに、ただいま山より取ってきたるやうに、露にぬれたる樒(しきみ ※7)一枝御簾にたちけるこそ不思議なれ。その夜よりやがて関白殿、山王の御とがめとて重き御やまひをうけさせ給ひたりしかば(以下略)。


(※1)7社の神輿:山王権現、地主権現、聖真子、八王子、客人(まろうど)、十禅師、三ノ宮の7社。
(※2)真読書:大般若波羅蜜多経を全巻読むこと。
(※3)結願:法会の最終日(7日目)の式作法の長となる僧。
(※4)仲胤法師:太宰権帥(だざいのごんのそつ)季仲の息子で説教の名人。
(※5)啓白のことば:神仏に向かって申し述べる言葉。
(※6)芥子の二葉:小さい物をさし、この場合は神霊誕生の頃よりかしずいてきた。
(※7)樒:木蓮科の常緑潅木、香気高く仏前の供花に用いる。


 下図は延暦寺根本中堂の情景。法義の僧と聴聞を受ける裹頭袈裟※の衆徒が見られる。これを見ると、さすがに武器は携行していないものの、衆徒の裹頭頭巾は嗷訴などの特別な行動の場合だけではなく日常的な装いであった事が窺える。


(「続日本の絵巻3 法然上人絵伝下」中央公論社より)。

※裹頭袈裟:古い袈裟で頭を包み目だけを出す。