矯めつ眇めつ映画プログラム(22)「アリス」

 高給取りの優しい夫と可愛い娘との家庭があり、高級ブランドで身を包んで洒落たレストランで友人とお喋りをしても、何故か心が満たされない。映画「アリス」は、ウディ・アレンが1990年に監督した作品で、どこにでも見られる専業主婦の心の不安を、ニューヨークの上流階級を背景にコミカルに描いている。


 この作品で、ウディ・アレンは、何時もの精神科医やセックスカウンセラーとの饒舌な自己分析シーンを脇において、正体不明の悩みを抱えるアリスが、チャイナタウンの怪しげな医者の処方薬を用いて、初恋の男の幽霊とデートしたり、透明人間になって夫の職場不倫を目撃したり、高揚した気分で中年男と浮気したり、と、不思議な国のアリス顔負けの体験をさせて、いわゆる「自分探しの旅」をさせる。


 ここで見逃せないのは、インチキ医者の荒唐無稽な処方薬で、もし実現可能であれば、まどろっこしいカウンセラー処方もぶっ飛ぶ劇薬効果もいいところで、これほどの荒療治をしないと、とても、とても、この、ネジの巻き足りないお目出度い奥様に、「自分は誰からも愛されていない」苦い現実を認識させられない、と、ウディ・アレンがほのめかしているのではないかと、私は深読みしてしまった。


 さて、「自分探しの旅」を終えたアリスは、テレビで見たマザー・テレサに影響されて、半年後に娘を連れてアフリカに渡り、彼女の奉仕活動に参加して生き生きと暮らしましたとさ、と、目出度い結末に至るのだが、どこまでも、お気楽で浮世離れのしたアリスの人生である。


 夫の職場に忍び込んで不倫を目撃している最中に透明人間の薬が切れてうろたえたり、不倫の相手から「これから別れた妻とよりを戻す事にした」と告げられたりと、やることなすこと間の抜けた主人公を、ブランド品を野暮に着こなしたミア・ファローが大真面目に演じれば演じるほど、こちらは馬鹿笑いを噛み殺すの苦労した。


 いずれにしても、「アリス」はウディ・アレンミア・ファローの絶妙のコンビネーションが生んだ傑作である(写真はプログラムから)。