どうも、お腹の調子が悪い。昨夜チゲ鍋に入れた牡蠣に十分火が通っていなかったようだ。一夜明けて七転八倒の苦しみまで至っていないので軽い症状で終わってくれそうだが。いずれにしても、五十肩の肩の症状も今ひとつなので、予定していた国会図書館での「新訂吉記」三巻閲覧は延期にして、今日は田町の「女性と仕事の未来館」ライブラリーに本の返却を兼ねて経済週刊誌にザーッと目を通してこよう。
ところで、11月13日日経夕刊の「早めの補聴器 不便解消」の記事に思わず目が行ったのは、遠からず私も直面する問題であったばかりでなく、「75歳以上普及率わずか一割」の小見出しに惹き付けられたからである。
というのは、私は「補聴器は国民健康保険の対象」と何となく思い込んでいたので、普及率が僅か一割に合点がゆかなかったのである。読み進めると、補聴器の値段は耳掛け形で片耳が8万円から、耳穴形が13万円から40万円程度と、年金生活者にとって決して安くは無い。これが全額自己負担であれば、75歳以上の普及率が一割は仕方が無いかと思う。
ところで、私がシリーズ全巻読破した、世界で大ヒットした、コリン・デクスターの、オックスフォードを舞台にした「モース主任警部」シリーズでは、何故か補聴器がよく登場するのだが、それは国民健康保険で支給されたものである。
その事が何故私の印象を強めたかといえば、オックスフォード大学の特別研究員といったイギリスでも最も尊敬された地位と報酬の高い学者すら国民健康保険支給の補聴器を使っているので可笑しくなったからだ。
今回の日経の記事を機会に、改めて手持ちのシリーズ(いくつかはBOOK-OFFに売ったので)をじっくり見直したところ、補聴器常用者で、海外学力検定試験委員会の審議委員を勤める学者が読唇術に長けた為に殺される「ニコラス・クインの静かな世界」と、オックスフォード大学でも最高のポストの一つである学寮長選挙を巡る殺人事件を描いた「謎まで三マイル」で国民健康保険支給の補聴器が登場したばかりか、「キドリントンから消えた娘」では国民健康保険の旧式の眼鏡まで登場している。
かつての大英帝国の勢いのあったイギリスは「揺り籠から墓場まで」の高福祉政策を高々と掲げていたが、モース主任警部シリーズの舞台はそんなに古い時代ではないので、眼鏡はともかくとしても、補聴器は今でも国民健康保険の対象ではないかと思う。
再度強調するが、年金収入が中心の高齢者にとって、10万円前後もする補聴器は負担もいいところだ。しかも、老化で聴覚が衰えるのは誰にでも生じることで、「生活の質」以前に、事故から身を守る、あるいは自らが事故を起こさないといった、生きてゆくうえで不可欠な補聴器は、日本でも国民保険の対象にする事を検討して欲しい。