延暦寺では開祖最澄→円仁系と最澄の通訳として遣唐使に同行し最澄の没後に第1世天台座主と称した義真→円珍系の二つの法門が10世紀半ばまで対立が表面化することなく潜伏していたが、第5世の円珍以降は第13世の尊意に至る70間を一人を除いて円珍派が…
引用をストックしました
引用するにはまずログインしてください
引用をストックできませんでした。再度お試しください
限定公開記事のため引用できません。