美作の国に菩提寺という山寺があり、元は延暦寺の学徒であったが大業達成の見込みが薄い事を悟って南都で法相学を修めた観覚得業(かんかくとくごう)が院主を勤めていた。観覚得業が勢至丸(法然の少年時の字)の母の弟でもあったことから、「早く俗を逃れ…
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