閑静な住宅街と痴漢

1969年、25歳の時、西武池袋線沿線の六畳一間・風呂無・トイレ共用の賃貸アパートに住んでいた。大手町のオフィスから45分、最寄駅から7分位で私にはとても便利に思えた。

店子は2階に女性が3人、1階に男性が1人、共用トイレは店子の当番制だったが男の店子は何度言っても掃除をしないのにトイレは使う。

隣家の大家は、揚げたてのコロッケをお裾分けしてくれるほど人情味のある人だったが、店子との揉め事が苦手で「あなたたちで上手くやってね」と逃げの一手。だから、「彼奴を追い出したい」と歯軋りしながら女の店子はトイレ掃除を分担していた。

ところで私には浅草生まれ浅草育ちの友人がいた。彼女は遊びに来るたびに「こんなに門構えの家が多い閑静な住宅街は、痴漢に追いかけられて大声を出しても誰も助けに来てくれないので怖い。浅草なら夜遅くまで空いている店が多いので逃げ込んで店員さんと話しながら痴漢を撒く事もできるけど」と口にする。

彼女の不吉な予想は半年後に的中した。ある日の夜11時過ぎに、階段をドタドタ上ってくる音に驚いてドアを開けると、向かいの部屋に住む20歳くらいの女性が息をハアハアさせている。「どうしたの」と聞くと、「駅から痴漢に追いかけられて何とか逃げてきました」と言うではないか。