彼方の記憶(16)産業構造の転換を予測させる77歳女性の暮らし方

2008年9月のある日、夕食後のお茶を飲みながら、のんびりと友人から払い下げの古いテレビを見ていた時、食品スーパーの特売品ワゴンから肉の薄切りパックを手にした高齢女性が「これ半額にならないの?」と販売員に尋ねている場面に目が釘付けになった。その口調は質問と言うよりも詰問に近かったからだ。

それは、NHK特集番組「どうする日本物価高騰を乗り切れ」の一場面で、折からの原油や食料品を始めとする物価高騰に四苦八苦しつつ、それに対応しようとする企業や消費者に焦点を当て、国産飼料に切り替えた酪農業者、運送費カットのために地産地消に切り替え始めた北海道のコンビニ、とにかく小麦粉が高いので国産米粉のパスタで消費拡大を目指す製麺業者などを登場させて、様々な角度から事態の深刻さを私たち視聴者に突きつけてくれたのだが、その中でも特に強烈だったのはその女性の行動だった。

番組によると、彼女は77歳で、数年前に夫を亡くして月10万円の年金で一人暮らしをしているために、今の物価高はこれ以上削るところがない位に苦しいと述べ、その乗り切り方を次のように挙げていた。

1.エアコンを節約するために日中は家にいない。
夏は家にいるとエアコンを使うことになるので、シニア特典のフリーパスを利用して冷房の効いた場所にあちこち出かけて時間を過ごし電気代を節約する。

2.食品は少しでも安い品物を見つけるために遠くまで出かける。
これは冒頭に紹介した場面だが、彼女は食品スーパーの特売品のワゴンから幾つかの食品を買い物籠に入れて、その中から肉の薄切りパックを手にして販売員に「これ半額にならないの」と尋ねただけでなく、その販売員から「いいえ」と返事をされても、さらに「何時から半額になるの?」と畳みかけ、販売員から半額にする予定がないとの返事を得るまで諦めなかった。 

3.洋服やバッグや帽子は自分で作り、時には仲間に安く譲る事もある。
その女性は、洋服を買う余裕がないので安い端布を見つけて、ブラウスやスカート、帽子やバッグまで手作りし、「これ原価が3百円なの」と番組で自慢していただけでなく、仲間からお洒落だと褒められている事や、仲間には手作り製品を安く譲っている事も披瀝していた。


その他に印象的だったのは、若い女性の間でネット上の節約レシピが大流行していて、実際に昆布と鰹節で作った麺つゆをブログで発表して大反響を得た女性が登場していた。 
 
折しもその数日後の朝刊では、長い売上不振に苦戦を強いられているデパートの経営者が登場して、業界のブランド依存競争で消耗し切った末に、「身の丈消費の分析が必要」な事に気づいたと述べていたが、その打開策を読む限り消費者の価値観が人生観を変えるほど底が深いことを読みきっているようには思えなかった。