映画「書かれた顔」は、「アメリカの友人」で素人の額縁職人に殺されるプロの殺し屋に扮した、スイスの映画監督ダニエル・シュミットが1995年に撮った作品である。
1982年に初来日して、始めてみる坂東玉三郎の舞台にて強烈な印象を受け、日本の女性像を黄昏の中で捉えたいと考えた監督が、日本の伝統的な女性美を体現する坂東玉三郎を中心に据え、ドキュメンタリー・フィクションの形式で撮っている。
舞台にカメラを据え「鷺姫」「大蛇」「積恋雪関扉」を演じる玉三郎、楽屋にカメラを置き舞台の御囃子が遠くから聞こえる奈落の控え室で舞台化粧をする玉三郎を追ってゆく。特に楽屋での玉三郎が、化粧で顔を作り、鬘を載せ、衣装で役柄を仕上げてゆく間に、表情がダイナミックに変化してゆく過程が素晴らしく、歌舞伎ファンには堪えられない場面だ。
フィクションでとしては、短編映画「黄昏芸者情話」が挿入され、年増芸者に扮した玉三郎と若い男二人とのやり取りが展開し、人生の黄昏を迎える女のやるせなさと心もとなさを、玉三郎がため息が出るほどに、ふんわりと見せてくれる。
黄昏を「やがて過ぎ去るもの」と捉えたシュミット監督は、杉村春子、武原はん、撮影当時101歳になる現役芸者の蔦清小松朝じ、そして、やはり撮影当時89歳になる舞踏家の大野一雄たちのインタビューと芸を素晴らしい映像で披露している。
特に地唄舞の武原はんの踊りでは、彼女の凛とした立ち姿の余りの美しさに、心を奪われてしまった。撮影当時は92歳であったと思うが、舞台に上がるまでは娘さんが付き添って彼女の身体を支えていたのだが、いざ踊りが始まると、背筋を伸ばしてすっと立ち、メリハリのある踊りを見せてくれた。身体の全ての線が美しかった。
芸を極めるという、生き方としての見事さを、じっくりと味わうことが出来た映画である(写真はプログラムから)。