新古今の周辺(39)鴨長明(36)歌論(8)さて、幽玄の体となる

主題がいよいよ今の歌体(新古今風)の象徴ともいうべき幽玄の体に移ると、鴨長明の口調がこれまでのなめらかさから一転して曖昧さを増してきたことが『無名抄』の次の文章からも窺える。

71 近代の歌体 8

「今の歌体(新古今風)の趣については不十分ながらも何とか理解することが出来るようになりましたが、それでは幽玄の体とか申すものは、どのようなものと心得るべきでしようか。教えていただきたい」との新たな問いにたいして、

「今の歌体については、すべて歌の姿は掴み難いものであります。古くから伝えられてきた口伝(※1)や髄脳(※2)などにも、難しいことがらについては相当噛み砕いて分りやすく述べていますが、歌の姿については、具体的な像が浮かぶように分りやすく書かれたものは今のところありません。

ましてや、幽玄の体に至っては、その名を聞くだけで当惑してしまいます。私自身もそれについてよく心得ているとはいえないのでどのように説明してよいか思い至らないのですが、名人の域に達した人たちがよく申されている事の趣旨としては、

幽玄の体の鍵は、言葉にあらわれていない余情(※3)、目には映らないがその場に漂う気配とか、空気、雰囲気といったものにあるようです。

そして心にも深く道理がこもり、言葉も艶(※4)が極まっていれば幽玄の体は自然に備わってくるもののようです」
と、答えている。

(※1)口伝(くでん);奥義などの秘密を口伝えに教え授ける事。またはそれを記した書。

(※2)髄脳(ずいのう):(歌学用語)和歌の精髄の意から和歌の法則・奥義などを述べた書。代表的なものは、俊恵の父源俊頼の『俊頼髄脳』。藤原公任の『新撰髄脳』。

(※3)余情 (よせい):(歌論用語)藤原公任が秀歌の条件として重視し、和歌の表現内容の奥に感受される美的情緒をいう。言外にただよう情趣。余韻。余情(よじょう)。風情(ふぜい)。

(※4)艶(えん):中世以降の美的理念の一つで優雅な美、妖艶美などを表す。「釈阿(俊成)は、やさしく艶に、心も深く、あはれなるところもありき」『後鳥羽院御口伝』。

参考文献: 『無名抄 現代語訳付き』久保田淳 訳注 角川文庫