透明水彩絵具の実際 画材屋の今昔

1) アトリエから:水彩絵具の実際
(1)重ね塗り(重色)による2色混合

透明水彩絵具はパレット上で絵の具を混ぜる「混色」と「重ね塗り(重色)」の濃淡で表現します。

そこで次の基本の6色を使って「重ね塗り」による2色混合を実際に試す事にした。

先ず最初に、上から1レモンイエロー、2カドミウムイエローディープ、3カドミゥムレッドディープ、4クリムゾンレーキ、5ウルトラマリンディープ、6セルリアンブルーを横方向に塗り、その後で外側から同じ順序で縦方向に重ね塗りをした(図1、図2)。

図1:横方向に塗った絵具が乾いてから縦方向に重ね塗りをした。


図2:横方向に塗った絵具が濡れている間に縦方向に重ね塗りをした。

上の試みからわかった事は、

(イ) 一口に透明水彩絵具と言っても透明度の高い絵具と不透明に近い絵具がある。

(ロ) 最初に塗った絵具が乾いた後に重ね塗りをした場合の2色混合は、先に塗った色がきれいに透けて見えるが、乾かないうちに重ね塗りした2色混合は鈍い色になる。

(ハ) 塗り重ねる色が同じでも塗る順序を変えると異なった色になる。

(例1)カドミゥムイエローディープとセルリアンブルーの2色混合。
(例2)カドミゥムイエローディープとカドミゥムレッドディープの2色混合。

(2)補色とグレー

補色同士の組合わせは互いの色の鮮やかさを際立たせる(下図参照)


そして、補色同士をパレットの上で混色すると「色味のあるグレー」が出来、この「色味のあるグレー」は元の色のカゲに用いると画面のおさまりが良いとされる。


2) 画材屋の今昔

草木も眠る丑三つ時に、一人で笑い声をたてながら抱腹絶倒の対談集『橋本治内田樹』(ちくま文庫)を読んでいると、1948年生まれの橋本治氏が若かりし頃に出入りしていた画材屋の風景を語る次のような文章に出くわした(味のある文章なので原文を引用)。

【昔、二十代の初めくらい、二十代の前半くらいまでなんですけれど、画材屋に行くのが大変だったんですよ。画材屋というのは、デザイナーとか画家とか、そういう卵の人が来るじゃないですか。みんなおしゃれなんですよ、それなりに。 画材屋に買い物に行こうと思ったら、何を着ていくかを考えるのが大変だった。つまり、すごくブランドがしっかりしている所に服を借りにいくのと同じくらいの困難があったんですよ。

ところが、それが大衆化してきて、画材店に、漫画用の原稿用紙とかを置くようになったんですよ。それからファッション性はグズグズになりました。漫画家志望の人って、だいたいデニムの上着を着ていればよくて、普段着のまま来てしまうという事が多かったから、画材屋そのものが美しい場所ではなくなってしまったんですよね。それが70年代の後半あたりですよね】

そうか、橋本治氏が出入していた頃の画材屋はそんなに眩しく敷居の高い場所だったのか。

それに引き換え、私が足繁く通う昨今の新宿の画材屋の光景は、画学生や漫画家・イラストレーター志望のファッション性グズグズの若者に交じって、頭の白い男女がのんびり商品を物色したりレジに並んだりしている。

思うに彼らの大半は定年退職者で「時間が出来たから、絵を趣味にでもするか」と地域の生涯学習講座やカルチャーセンターに通い始めた人たちで、現役時代のビジネススーツやキャリアスーツを脱ぎ捨ててカジュアル・ファッションを身に纏い、昔取った杵柄ならぬ絵筆を再び手にして結構楽しそうに見える。

こうして見ると、画材屋とは、お洒落な画家やデザイナーの卵たちが出入する洗練された「場」から、グズグズファッションに身を包んだ漫画家やイラストレーター志望の若者が出入する大衆化の時代を経て、今や定年退職者も加わった「一億総クリエーター願望の時代」を反映する「場」になったともいえそうだ。

そういう私も、「定年退職したから子供の頃得意だった絵でも描こうか」と画材屋に足を運び始めた一人ですが。